『ワイコフ理論』というものを、聞いたことがあるでしょうか。
勤勉な方なら、その名前ぐらいはご存知かもしれません。それでも、・・・
「あの、ダマしのことを『スプリング』って呼んでダマされないようにするやつでしょ」
・・という程度のイメージではないでしょうか。
日本では、その程度の認識しかされていないかもしれません。だから、あえて勉強するほど貴重な理論ではないだろうと、軽視されているのではないかと思います。
というのも、『ワイコフ理論』とWebで検索してみても、ほとんど情報が出てこないからです。
日本人よ、これは非常にもったいない!
ダウ理論のように、100年前から相場の本質を貫き続けている貴重なワイコフの教えですよ。
海外ではワイコフ理論はもっと重要視されていて、実際にこれで利益を上げている投資家もいるようです。
「ダマし」には気をつけてね〜、と言いたいだけのシンプルな話ではありません。相場全体を見渡す大規模かつ緻密な理論です。
しかも、横軸(時間軸)と縦軸(値動き)だけでなく、相場に潜む投資家心理までも内包している、いわば3次元構造の理論となっています。
これを勉強することで、ただ漠然と相場の推移を眺めるだけでなく、画面の向こう側で一喜一憂しているライバルの投資家たちが想像できるようになるでしょう。
これはある意味、脱・初心者のための重要なスキルのひとつですよね。
ということで、本稿では『ワイコフ理論/Wycgkoff Theory』もしくは『ワイコフ手法/Wycgkoff Method』なるものを、ご紹介いたします。
リチャード・ワイコフという人物と本稿について
リチャード・D・ワイコフ(Richard Demille Wyckoff 1873〜1934)という方はアメリカの投資家でした。
活躍した時代は、ダウ理論の提唱者であるチャールズ・ダウ(1851〜1902)とほぼ同じ時代になります。
ワイコフは15歳のときから投資の世界に身を投じ、20代で農園のオーナーになるだけの資産を築いていたというので、その実力は本物でしょう。あのダウと、相場の世界で競い合っていたかもしれません。
ワイコフは当時の大物トレーダーにインタビューを重ね、彼らの手法を学ぶことで相場の本質を極めていったようです。
そして現在では、テクニカル分析の巨人として、ダウ、ギャン(W.D. Gann 1878–1955)、エリオット(R.N. Elliott 1871–1948)、メリル(Arthur A. Merrill 1906– )、そしてこのリチャード・D・ワイコフの5人が並び称されています。
さらにいえば、ワイコフは投資教育にも熱心でした。
現在いわゆる『ワイコフ理論』として継承されているものは、ワイコフ自身がまとめあげ、わかりやすいように体系付けたものなのでしょう。
おかげで、1世紀を経た現在でも、我々は彼の教えをそのまま学ぶことができます。日本以外では。
本稿では、主に次の2つのウェブサイトを参考にして、できるだけわかりやすい解説になることを心がけています。
参考リンク:Price Action Analysis Using the Wyckoff Trading Method (FOREX TRAINING GROUP)
参考リンク:The Wyckoff Method: A Tutorial (StockCharts)
和訳は全て私の独断ですので、日本の世間一般に認知されている『ワイコフ理論』のキーワードがあれば、それらとは訳し方が違うかもしれません。
また、特に覚える必要のなさそうな専門用語は排除し、初心者にとってわかりにくいP&F(ポイントアンドフィギュア)の分析についても言及しないことにしました。あしからず。
では、始めていきましょう。
ワイコフの相場サイクル理論
ワイコフの2つの原則と3つのルール
ワイコフの教えでは、次の2つの原則を根底にしていると言われています。
原則1:価格の変化は常に異なるものであり、同じ動きをすることはない。
原則2:重要な意味を持つ値動きであるかどうかは、それまでの値動きの様子/習性と比較してみる。
そして、次の3つのルールの下に相場は動いているといいます。
ルール1:需要と供給(Supply vs. Demand)
買い(需要)の圧力が売り(供給)の圧力より強ければ、価格は上昇します。逆もまた然り。両者が拮抗すれば、価格は一方的な動きができなくなり、レンジ相場となります。
ルール2:行動とその結果(Effort vs. Result)
投資家たちの行動があればこそ、その結果=値動きも得られるというものです。
しかしながら、一部の投資家が「買い」または「売り」の動きをしたところで、その程度では大局は動きません。大きな結果を得るためには、大きな行動を伴う必要があります。
つまり、多勢の投資家が同じ方向にポジションを持つということ。多勢の行動が発生したかどうかというのは、出来高(ボリューム)に表れます。
ルール3:起因とその効果(Cause vs. Effect)
ここでいう「効果」とは、トレンド相場で値動きの幅に与える影響のことであり、「起因」とはその前のレンジ相場でどれだけのエネルギーが溜め込まれているか、というような意味合いになります。
一般的にも、レンジ相場が長くなれば長くなるほど、その後に来るトレンドは大きな値幅が出るということは知られていますね。ワイコフも、彼の時代にこれを重要なルールと位置づけていました。
これら3つのルールに関しては、なんだか当たり前のことをいっているようにも聞こえますが、これらを相場分析に落とし込むことで値動きのダイナミズムがわかりやすくなってきます。
「値動きの背景にあるもの」といってもいいかもしれません。
上記に解説している範疇のほかにも、需要と供給の「心理的」バランスはどうなっているか、投資家にどのような行動があってどのような「結果」をもたらしているか、また何の「原因」がどのような「効果/影響」を与えているのか、そういうポイントに目を光らせておけば、本稿の学習にしても、今後のFXの学習にしても、わかりやすくなるのではないかと思います。
サイクルを構成する4つの相場
次の図がワイコフの相場サイクル(Wyckoff Price Cycle)と呼ばれるものです。
買い溜め相場(Accumulation)
投資家たちが、これからの値上がりを想定して「買い」を仕込んでいる段階です。
100年前のワイコフの時代では株式相場が主流でしたので、つまり「株式を買い溜めしている」ということですね。
現代でいえば、大手ファンドなどの投機筋。彼らは何億円もの運用資金を用意しています。それに何百倍、あるいはそれ以上にレバレッジを効かせたポジションを、一度のエントリーで売り買いすることはできませんよね。
それだけ巨額になると、買いたくても売ってくれる相手がいないので。
なので、このレンジ状態の間に、何度かにわけて買いを仕込む、という必要が出てきます。
その間、レンジの下限を試すように、売りを入れてくることもあります。
その目的は主に2つ。
あえて売りを入れて相場に下げの勢いをつけてやることで、さらに下降したい意志が残っているのか、あるいは反発して上昇志向を見せてくれるのかを確認しています。
大きな買いを入れるのであれば、この確認作業の後でも構いませんよね。
もうひとつの目的は、目線の甘い個人投資家を振り落とすこと。いわゆる、「ダマし」ですね。
レンジの下限あたりで売りを入れることで価格はレンジを下抜けし、レンジ際ギリギリに損切りを指定していた投資家のロングポジションはあえなくロスカット。
その勢いも借りて下降の勢いがついた値動きに、「やっぱり売りだ!」と食らいついてきた投資家の売りポジションは、、、もののあわれ投機筋の巨大な買い注文の餌食(ロスカット)になってしまうという筋書きです。
これがスプリング(Spring)と呼ばれる現象です。振り落とし(Shakeout)とも言われます。
上述の通り、この相場には上昇志向があることは先行して確認してありますから、あとは待ってましたとばかりに買いを追随してくる投資家がトレンドを作ってくれることでしょう。
こうして、レンジ相場から上昇トレンド相場へと移行していきます。
値上げ相場(Markup)
需要が供給を上回ることで、上昇トレンドが発生しています。つまり、投資家が相対的に「もっと買いた〜い」という状態になっていること。
投資家の買いたい欲求が満たされるか、あるいは「今は買うのは我慢だ」という段階になれば上昇は止まり、次のレンジ相場に移行します。
トレンドの途中で現れる調整波(一時的な逆行)や短期的なレンジ相場は、買い溜めの再補充(Re-Accumulation)という位置づけになります。
売り捌き相場(Distribution)
株式であれば、保有していた株に利益が乗ったので売ってしまおう、というイメージですね。
買い溜め相場(Accumulation)と同様に、巨大なロットのロングポジションはそう簡単に解消できません。何度かに分けての売り捌きになります。つまり、ダブルトップ、トリプルトップ、あるいはそれ以上に何度も天井を試していきます。
FXの場合は株式と違い、「売り」を入れるということは通貨ペアの相手側通貨を「買う」行為になりますので、現物(株式)を買ったり手放したりするトレードとはイメージが異なることがあるかもしれませんね。
また、このレンジ相場の当初は売り捌く=ロングポジションの解消という行為で上昇が停滞しているかもしれませんが、後半になればショートポジションを溜め込むために動いているかもしれませんよ。株式でいえば、空売りですね。FXであれば、売り溜め??
いずれにしろ、需要と供給の観点からすれば、相場に株をリリース=「供給」をしているという図式になります。
マーケットメーカーの売りポジションが十分に蓄積できれば、相場が下がるように仕向ける時期がくるでしょう。
値下げ相場(Markdown)
相場での需要は低下し、供給過多の状態。
買い手とのバランスが取れるまで、相場は下降トレンドを継続します。
下降トレンドの途中で現れる調整波(一時的な上昇波)や短期的なレンジ相場は、売りポジションの再補充(Re-Distribution)という位置づけになります。
以上の4つの相場を繰り返すというのが、『ワイコフ理論』の大枠になります。
ワイコフはここからさらに掘り下げて、『買い溜め相場(Accumulation)』と『売り捌き相場(Distribution)』における投資家心理とその「出来ごと」を読み解くカギを追求していきます。
それぞれのレンジ相場を細かく分けて、フェーズの推移を見てみましょう。
レンジ相場の5段階のフェーズ
フェーズ A:トレンドの終わり
これまでの下降トレンドが終息するフェーズです。優勢に立っていた売り(供給)の勢いが解消されます。
大口の投機筋がごっそり買い入れた(または売りポジションを決済した)な、と感じさせるような大陽線かつ大ボリューム(出来高)の反発が、セリングクライマックス的な最安値(②)やその前の反発戻り波(①)で見られることがよくあります。
さて、ボリューム/出来高の話が出てきたので、注意をしておきます。
ワイコフのいう「出来高」は株の証券取引での出来高です。株の相場での出来高は期間内に取引された株数を指します。
一方で、FXのインジケーターで表される「ボリューム/出来高」はティック数の合計、つまり「期間内に何回取引があったか」という指標になります。
ですので、株式市場で「大陽線かつ大ボリューム」といえば、大口の投資家がごっそり株を買ったんだな、と想像できますが、FX市場での「大陽線かつ大ボリューム」はこのタイミングで買いを入れた投資家が多かったんだな、という解釈が自然です。
さて、そういうことで、フェーズ Aでは、下降トレンド継続中にも関わらず買い取引が多発 = 保有していた売りポジションを決済し始めたことが認識されるわけですね。
強かった売り勢力が力を失うと、それまでの勢いで最安値を更新できなくなって(③)きます。
その前後でローソク足が小ぶりになり、ボリュームも落ちて来たりと、相場の活力がなくなってくれば、もうレンジ相場に突入することでしょう。
レンジの上限と下限に、何本か水平線を引いて様子をみましょう。
上記のような①〜③のような流れにならないときも、もちろんあります。が、できればこの①〜③が明確に表れていると、そこに大口の投機筋/マーケットメーカーの介入があることがはっきりするでしょう、とワイコフ。
そうであれば、それからの展開が予想しやすくなりますね。
ちなみに、『マーケットメーカー』についてご存知ない方は、こちらの参考記事をオススメします。
参考記事:脱・相場の肥やし!ユーちぇる社長に学ぶ『マーケットメーカー』
フェーズ B:上昇のための下地づくり
相場が値上がりする前に、マーケットメーカーたちは安い値で買い込みながら、上昇トレンドが来るのを待ちます。
価格がレンジの中の安値圏にくれば、また買い込みます。その前に、試験的に売りを入れて相場参加者の意志が上昇傾向にあることも確認(④)します。
こうして巨大な資本を何度かに分けて買いポジションを溜め込み続け、その間なんと一年以上に及ぶこともあるそうです。
レンジ相場が続けば、そのうちに相場参加者たちの気持ちも上昇志向に固まってきますので、こうなるとみな、安い時に買うべしという認識が大局を占めるようになります。
チャートはいつしか、似たような値動きが頻発するようになってくることでしょう。
フェーズ Bの初期では、まだ大きめボリュームを伴った大きめローソク足も出てくるでしょう。それが、マーケットメーカーに浮遊株を買い込まれるにつけ、ローソク足も小ぶりになり、ボリュームも減退します。
そろそろ、このレンジもフェーズ Cに移行し始めます。
ここまでで、多くの投資家が上昇トレンドに備えて買いポジションを溜め込みました。この溜め込まれた相場のエネルギーが、この後の価格の上昇幅を左右します。これを、ワイコフは起因とその効果(Cause vs. Effect)と呼んでいます。
フェーズ C:下値を試して上昇の機を探る
そろそろ、機敏な投資家たちはこのレンジ相場のマーケットメーカーたちが価格上昇のための準備が整っている(十分に買い溜めた)ことに気づき出します。
売りを控えることで供給が減り、相対的に買い/需要が増え出せば相場は軽く押し安値をつけながら緩やかに上がっていく・・・・というフェーズ Cもありますが、まだレンジ下限あたりに価格が下がってくるようだと絶好の「ダマし」の機会が到来です。
マーケットメーカーが意図的に価格を下げてレンジを下に突破し、サポートラインの近くに損切りを置いているようなポジションはすっかり焼かれてロスカットさせられてしまいます。このロスカットもまた売りに等しいため、価格の下落は勢いを得ることでしょう。
この急な値動きに反応するのが、大局が見えていない個人投資家たちです。こぞって下降トレンドに期待して売りを入れ出したところで、先ほどのマーケットメーカーが売りポジションを買い戻し、あわよくばさらに買い増しをし、価格はまたレンジの中に帰還します。個人投資家の売りポジションを、ロスカットさせて。
これが、いわゆるスプリング(⑤)ですね。振るい落とし(Shakeout)ともいいます。
スプリングとはバネのことです。この一瞬の下落からの出戻りが、バネを弾いたかのように上昇トレンドへの弾みになることが往々にしてあるからです。
このダマし=スプリングが成功したとき、つまりサポートラインを下抜けた価格がまたレンジに還ってきた瞬間、これが絶好のトレードチャンスになりますね。損切り設定は少し下のスプリングの安値の下。利確目標は、遥か高み。リスクリワードが良好なので、ロットを控えめにしてでも失敗を恐れず何度でもチャレンジしたいところ。
そのように考える投資家は、もちろん多い。
その証拠というか、確信に変わるのが、スプリングの後にローソク足が大陽線となり、かつボリュームも比較的大きくなってくるとき(⑥)です。
この現象をワイコフは「強気のサイン(Sign of Strength)」と呼びます。これが表れることで、「あ、やっぱりここはフェーズ Cだったんだ」と確信に変わります。
逆に、スプリングや強気のサインが出ないときは、フェーズCに突入〜終了していたことを知ることは難しいともいえます。
フェーズ D:レンジ突破なるか
ここまでのフェーズの分析が正しければ、ここから先は需要(買いたい投資家)が供給を上回ることになるので、押し目をつけたところで買いを入れていきましょう。
強気のサインとして現れるごとく、大きな陽線かつボリュームの増加が見られるということは先述の通りですが、さらに押し目の特徴も対比するがごとく、小さな陰線、小さなボリュームとなる(⑦)とのこと。
こんなにわかりやすい押し目が出てくれるのであれば、まさに「買ってくれ」といっているようなもの。ここまで我慢して待ち続け、分析を続けた甲斐がありました。
フェーズ E:ついにレンジ突破!トレンド相場へ
フェーズ Dで強い勢いをつけた価格は、長きに渡ったレンジ相場を突破してついにトレンド相場(Markup)へと移行します。これはもう、誰の目にも明らか。
この段階でもダマしではないかと、その心配ももちろんあるでしょう。
しかし、まあ、事ここに至っては、レンジ天井でのダマし(Shakeout)や反発下落があったとしても、小さなリアクションとして相場の波に飲まれていくことになります。
また、レンジを突破したこのフェーズでも、再度レンジ突入ということもあります。
それは、マーケットメーカーの利確行為ということもあるかもしれませんが、その新たなレンジで買いのエネルギーを補充し、更なる高みを目指す「踏み石Stepping Stone(s)」となることがあります。
以上、AからEの5段階のフェーズを解説しました。
買い溜め相場(Accumulation)の場合での解説としましたが、売り捌き相場(Distribution)の場合は逆さまにして適用してくださいね。
いかがでしょうか。
ここまでが、いわゆる『ワイコフ理論』の概要です。
次の記事では改めまして、ワイコフ理論を相場に活用するためのヒントを深掘りしていきます。
より実践的な内容で、かつ、ここでは書ききれなかったワイコフ理論のエッセンスも書いておりますので、是非、続きをご確認ください。
次の記事:ワイコフ理論 実践編 〜 値動きのヒントとエントリーポイント
まとめ
・ ワイコフの教えはダウ理論と同じく、100年前から相場を貫く普遍的かつ実践的な理論である。
・ 値動きの背景には『需要と供給のバランス』、『行動とその効果』、『起因とその結果』、の3つのルールがある。
・ ワイコフの提唱する相場サイクルは、投資家心理とマーケットメーカーの価格操作を反映している3次元的な理論である。( 縦軸:価格、横軸:時間、奥行きとして投資家心理と駆け引き)
・ レンジ相場をA〜Eの5段階のフェーズに分けると、マーケットメーカーの動向が想像しやすくなる。